FiLC高等部 気仙沼訪問の感想文

FiLC高等部では、「FiLC×気仙沼×フィリピン・レイテ島連携プロジェクト」を展開しています。

具体的にどのような活動を行うか、また気仙沼の震災復興に向けた取り組みはどのようなものなのかを深く知るために、実際に気仙沼を訪れ、たくさんの人たちと対話してきました。
実際に気仙沼を訪れた高等部メンバーたちの感想文です。想いを新たに、連携プロジェクトの成功に向けて頑張っていきます。


 

気仙沼を訪ねて
川角ありさ(交流実行委員長)

私は震災から1年後に、宮城県名取市の仮設住宅を訪問したことがあり、その時は復興はこれからだなと思いました。そして今回、気仙沼に行くことになって、復興が着々と進んでいるだろうなと思いました。しかし、現地へ行ってまず見たことは、3年経った今でもまだまだ復興は進んでいないということです。テレビなどでは時々、順調に進んでいる表の映像が放送されることもあるけど、それさえ最近ではだんだん報道されなくなって、忘れかけてる人もいるかもしれません。でも、現地に行ってみて、自分もどこかで忘れかけていた部分があったんじゃないかと気づきました。
そして、今回の気仙沼訪問を私は楽しみにしていました。それは気仙沼の鹿折中学校の仮設住宅の方と文通していて、相手の方に会うことができるかも知れないと思っていたからです。連絡もせず、突然、その方の住宅を訪ねたのですが、幸運にも会うことができて、その方から、「東北の人たちを応援してくれている大阪の人たちがいるということは本当に嬉しいです。」と言われ、被災した方にとって一番辛いことは、今も大変な状況が続いていることを、みんなに忘れられてしまうことなんだと感じました。
今回、気仙沼へ行って現地の気楽会や八幡太鼓の方々と直接話して、その思いに触れたことで交流実行委員長としても、少しでも気仙沼の方々に元気になっていただけるよう、八月の合同演奏に向けて今まで以上に日々の練習を頑張っていこうと思いました。
そして、たまたま復興イベントの中で、現地の八幡太鼓の「は組」の演奏を見ることができました。気仙沼のお祝いの時に演奏される伝承曲を演奏していて、町のカラーがすごく出ていました。私たちの住んでいる地域ではそういう伝承曲がないので、すごくうらやましいなと思いました。演奏が終わった後、「は組」のみなさんと話すことができました。メンバーには高校生もいて、演奏を見た感想や、お互いが演奏している曲、高校生活や普段の太鼓の練習時間などの話をして盛り上がりました。今日の演奏曲の中には私たちもやっている曲があったので、「夏に合同演奏をする時、ぜひ一緒にやりたいね。」という話もしました。連絡先も交換したので、八幡太鼓さんとの手紙交換についても今後話を進めていこうと思っています。
現地の方々と触れ合い、そこで感じたのは気仙沼の方々のあたたかさでした。出会った方一人一人が自分たちの町のことを考え、みんな、行くところ行くところに知り合いがいて、人とのつながりが強くてすごいなと思いました。現地の方じゃなくても、出会った方々は本当に気仙沼のことを考えて自分たちの思いを熱く語っていて、こんな方々とつながりを持つことができたことが何より嬉しく思いました。
また、気仙沼の方々は私たちが夏に気仙沼を訪問することを歓迎し、演奏をすごく期待し、楽しみにしてくださっていることも強く感じました。私たちも気仙沼とこれからもつながりを持ち続けるために、和太鼓部で協力して今回の企画を成功できるよう頑張りたいと思いました。


気仙沼訪問感想
村上友月(和太鼓部部長)
気仙沼に行くまでは、実際に自分たちが行って大人の人たちと打ち合わせできるのかと不安でした。緊張しながら、八幡太鼓の代表の方々と会いましたが、私たちをとても歓迎していただき、話も熱心に聞いていただきました。みなさん、合同演奏会や港まつりでの演奏をとても楽しみにしていて、期待をしてくださっているのが伝わってきて、わたしも本当に成功させたいなと思いました。そして八幡太鼓の皆さんから、被災地でいま一番必要なこと、政府と被災者の求めているものが違うということ、和太鼓をやることでたくさんのつながりが持てるということを学びました。
次は鹿折中学校住宅に行きました。そこではとても温かく歓迎していただき、おばあちゃんもおじいちゃんもお茶を入れてくださったり、お菓子をくれたり、とても親切で震災時の話も聞くことができました。ご夫婦とも車に乗ったまま津波に流され、窓から脱出して、おばあちゃんがおじいちゃんのことを助け出したと聞きました。自分の身を守るだけでなく夫の命を助けたおばあちゃんはすごいなと思いました。おばあちゃんは編み物が得意で、ペットボトル入れや帽子などを編んで、大阪の支援者の方にバザーなどで売ってもらっているそうです。編み物は可愛くてわたしも欲しくなりました。震災から3年がたちましたが、みなさんは未だに仮設の小さな部屋で暮らしています、でもおばあちゃんとおじいちゃんの笑顔はとても幸せそうでした。仮設住宅は中学校のグランドを占拠して建っていて、中学生たちも運動ができないので、体育の授業はランニングばかりになっているそうです。
夜は八幡太鼓の演奏を見ました。メンバーは女性の方が多く、高校生もいました。演奏後に私たちより一つ上の人と一つ下の高校生と話しました。親しく話しかけてくれ、とても話しやすかったです。同じ太鼓を叩く同士なにか通じるものがありました。二人も私たちの演奏を早く見たいと言ってくれて、もっと二人と仲良くなって、はやく夏にまた会いたいなと思いました。そしてこれからもこのつながりが夏が終わってからも続いてほしいなと思いました。
二日目は朝、安波山という気仙沼を一望できる山に連れて行ってもらいました。そこからの景色は、津波被害を受けた沿岸部は土を盛り上げる嵩上げ工事の様子が見え、家が多い山側と比べると、まだほとんど何もなくて、復興はまだまだと思いました。復興された魚市場にも行きました。気仙沼はかつお、まぐろ、ふかひれなどの水産業が盛んでした。だから復興もまず、漁業関連の施設が最初に必要なのです。そこには津波が襲ったあとが残っており、ここまで津波が来たという表示板や津波の汚れが残った壁などしっかりと残されていました。
その後は俳優の渡辺謙さんが建てたカフェ「K-port」に行きました。渡辺さんは復興についていろいろ考えた末、再び港に多くの人が集まることがまず大事だと考えて、カフェを作ったそうです。そして、度々ここを訪れては、ウエイターとして働くそうです。
それから気楽会主催の「町歩きツアー」に参加しました。参加者も東京や岩手などいろんなところから来ていて、復興に関心のある人ばかりでした。案内役の方が昔経営していたお菓子屋さんがあった場所にも行きました。津波の前は観光客や近所のお客さんと楽しい会話をしたりして幸せだったと話していました。そしていつかまたそんな日々が送れるようにしたいと言っていました。私はそれを聞いて、とても応援したくなりました。今年夏にも、また何年後かにもあの場所を訪れて、お菓子屋さんができるのを楽しみにしています。
たった二日間の訪問でしたが、現地へ行って初めて、すごくたくさんのことを学びました。高校生の私たちができることは何だろうと考えると、現地の方々のいろんな話を聴き、そしてあの震災の事を決して忘れてはいけないということが、私たちにできることかなと思いました。3年たった今まだ復興がこれからだというのに多くの人はほかの事に目を向けて忘れかけています。わたしは気仙沼の方々の温かさや復興への思いにとても感動し、今年の夏だけではなく、また何年後かにも気仙沼に来たいと思いました。そして今回できたつながりを大事にして、夏の合同演奏会、港まつりすべてを成功させたいと強く思いました。